BPDとその日暮らし

BPD(境界性パーソナリティ障害)と気分循環性障害(双極性障害)を抱えた無職(20代)の日々。母親は昨今で言う毒親、恋人とは共依存。

※BPDのメモ帳から一部記事を引っ越しました

幸せをしまう箱


 自分がいなければ全てがうまくいくと思わないようにと精神科などではよく言われてきた。あなたが今生きていることを家族が愛し支えていると。


 私はというと、誰かに愛されていても死のうとする。


 間違っていると思うしひどい裏切りをしている。最低だ。
 それでもそこに居場所があるようには思えないのだ。


 幸せを否定している訳ではない。
 幸せをその人と享受したり味わうことは出来る。それを素直に幸せだと表現することもできる。けれどその幸せを食べつすのは一瞬だ。自分の中にそれを一瞬で食べ尽くして消してしまう魔物がいる。


 自分がいなければ、その幸せはまた別の誰かとその人は分かち合えたはずなのだ。人並みにそれを大切にしまえる心の持ち主ならきっとそれを別のエネルギーに変えられただろう。私にはそれは勿体無いしそもそも意味がないものだ。


 枯れた花を嘆くより、底の抜けた花瓶に無限に水を注がれ続けることの方があまりにも苦しい。花瓶に底を貼り付けたとしても枯れた花はもどらない。

見えない境目で

 久しぶりにこのブログのこと思い出して読み返して見ると、今の私がグチャグチャになってわからなくなっていたことが自分の中の正しい言葉で綴られいてとても驚いた。
 あれから私はまた通院を辞めて、社会に溶けることなく社会から出来るだけ遠く離れた生き方を引きこもりながらしています。


 やりたいことは一つもありません。
 生きていく上での目標のようなものもありません。


 前よりよく笑うようにました。
 前より泣かなくなりました。


 死にたい感情は消えることはありませんでした。


 生きながらにして死んでいる人間がいるとしたらそれは自分のことなのではないかとよく考えます。自明のままに生きた結果なのかもしれません。
 生活が満たされても、人の心を満たすものはその人の中にあるものだけなのです。
 私は失敗しました。何に。それは自分をより良くしてあげることに。今からでも間に合うとか間に合わないとかではなく、その感情を失ってしまいました。


 そんなことを誰かに言えるわけもなく、理解されるわけもない。
 あなたはあなたが思うより幸せそうだと投げかけられて、はい。と答えることしかできない自分は今のこの気持ちすらいつか語らなくなると思う。


 恐い。とても恐い。

いつか止まる時


 気づいたら1年ほど経っていました。


 あれからやりたいことは何一つ終わらず、生きたいと思えるような力強さは失われていったように思えます。他人と関わることも極力避けながら生活しています。




 体力も衰え、精神的にも疲弊が強まっている中「精神疾患が寛解したら結婚できるよ」と彼に言われました。「ロボトミーでもいい、別人になってしまってもいい、なんでもいいから治ったらいいね」と答えました。
 その言葉に偽りは何一つなくて、それが悲しいぐらい自分を抉るのです。
 医者の治療が頼りないことが多く薬も効果を見いだせるものは処方されません。治したくないからそこに向かわないのではなくて、もうそこまで辿り着いたとしても叶えたいことを叶えるだけの余力が私にはないのだと気付いてしまいました。


 眠ろうとすると瞼の裏に居ないはずの者達がまるで待っていたかのように目の前に座っていて何だか待たれているようです。


 ある時を境に、かなり念入りな自殺企図は止めてしまいました。
 3度とも助かったからとも言えますし、失敗する度に死ぬよりも辛い目に遭っていました。それは医療的な処置のことではなくて、母親との関係や恋人との関係を盾にそれぞれ脅されていたからです。それは自殺をしないという治療の契約だったのかもしれません。
私はそれを守りさえいれば治るとどこか信じていたのかもしれません。
 または死ねなかったからそれを恐ろしいと思ってしまったのかもしれません。本当に固い決意で死ぬことを考えれば今認知し得る恐怖など関係ないということを忘れていたように思います。


 いつだか、ある知人にSNSで「本当に死にたければ死んでいるはず」と言われました。その場ではだらだらと生き延びることに意味があるように諭してしまいましたが、実際はその言葉何よりも正しいと今でも感じています。
 死への渇望は結局どこまでも終わることなくぬるい幸福の中にうまく忍びこんでいます。いつかはそれを確実に選びとる私以外に信じられるものはないのかもしれません。