今日も社会を欠席します。

重い鬱になったり、BPDと診断されたり、病院に通っても社会に出れなかった人のブログ

BPD(境界性パーソナリティ障害)と気分循環性障害(双極性障害)を抱えた無職(20代)の日々。母親は昨今で言う毒親、恋人とは共依存。

※BPDのメモ帳から一部記事を引っ越しました

たまにメンクリに行きたくなくなる理由

(この記事は前blogからの一部転載・修正したものです)


 だんだんと通院予定日が近づいて、処方箋が0に近づいてくると、「あぁ、もう通院したくないなぁ……」と内心思ってる私がいる。病院に行くまでが面倒くさいとか、外に出るのが怖いとか、色々理由はある。


 一番最初にメンクリに通っていた頃は、自分が精神科に通院しているという状況を恥じていた。でも、そんな恥じより抑うつ感の方が膨らんでその理由はほとんど消えてしまった。ただ今でも、待合室に知り合いがいるかもしれないと考えると…… でもそんなこと、相手も同じだろうから。



 私にはそれ以上に行き難くなる理由がある。
 医者を常々裏切ってしまうから。頭の中で裏切っているというのか、嘘を吐いているというのか、それとも自分が自分に嘘を吐いているから医者にも嘘を吐くというのか。たまに自分でもわからなくなる。
 最初の頃に通っていたメンクリの担当医には、 「うつを治したい」からと言いはっていた。私はその1年後、症状が軽快した。けれど同時に自分の環境が変化しないことに苛立っていた。それは医者が解決してくれるはずもないものなのに。不満や苛立ちで薬の過剰服薬は当たり前になりはじめていたし、実際何もかもがうまくいってなかったのに、あたかも社会生活に溶け込んでいるような発言を医者に毎回のように返していた。ニコニコ受け答えるだけで、治療がうまくいっていると担当医は思い込んだり、少し眠れないと言えばその偽りの信頼感ですぐ処方箋を出してもらえた。悪循環だ。 その悪循環でついには医者と喧嘩をした。



 それから何度も私は、病院を転々とする。時期もあけて。


 したくてドクターショッピングをしているわけじゃない。でも自分に問題がある限り、医者とうまくいかなくなることが多々起きてしまう。
 病院に行くのは「自分のその悪い何かを治したい」のだけれど、医者にそれをうまく伝えることは限りなく難しい。治したいと思っては失敗をする。





 また通院日の随分前から全て無くなっている眠剤を見ては、病院に行くことを後悔してしまう。


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